井原市七日市町の内科・小児科・皮膚科 ほそや医院

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無花果 - ほそや医院

今日も5歳になる孫の手を引いて幼稚園に送っている。空を見上げると高い青い空と白い入道雲がまるでお椀を伏せたように見える。そして、どこからともなく甘い芳醇な香りが漂ってくる。「聖ちゃん、この匂い何の匂いかわかる」と尋ねると、きょとんとした顔で私を見上げる。「イチジクの匂いだよ」「じじ、イチジクってなに」「そう言えば、聖ちゃんはイチジクを食べたことなかったね」「少し向こうに見える緑の葉っぱを沢山つけている木がイチジクの木だよ」「じじもばばもイチジクが大好きだから今度、スーパーで買ってきて聖ちゃんに食べてもらうことにしよう」孫は何も答えずに、手提げ袋をくるりと回した。校門の前で園児を出迎えるために立っている園長先生にハイタッチをして孫は一目散に教室に入って行った。

私が孫を幼稚園に送るようになったのは末娘がこの2月に生まれた赤ちゃんの世話をするため、これまでやってきた聖ちゃんの幼稚園への送り迎えが難しくなった。そこで、私と家内がピンチヒッターを務めている次第である。実はこの送りとお迎えもこの9月末で終了となる。というのも10月からは神戸市に引越しをして家族4人で新生活を始めることになったからである。

実は私も小学校入学前の夏休みに一か月ほど私の母の里である尾道で祖母と二人で過ごしたことがある。今から約70年前の話である。祖母の家の前の畑にイチジクの木が植えてあった。私と祖母は朝起きると日課のようにイチジクを取りに出かけた。木の下に行くと甘い香りのするイチジクが大きく口を開けてこちらを見ている。イチジクの表面には朝露がついてきらきら光っている。祖母は木になっているイチジクを観察して甘くておいしそうなイチジクだけをもぎ取ってくれた。私はその場で皮を手で剝いで口に頬張った。すると甘さと酸っぱさがミックスしたような味と種が口の中に残りその感触が何とも言えなかったことを今でも覚えている。祖母との思い出はもう一つある。それは、私が小学3年生の時足を骨折したときに、リヤカーで小学校まで送り迎えをしてくれた。私は照れ臭かったが、祖母はお構いなしだった。そんな祖母が大好きだった。

孫の転入する幼稚園は神戸市御影の山の手の高台にある。園庭からは明石海峡大橋や神戸ポートタワーが遠くに見え隠れする。10月4日の初登園に合わせて私たち夫婦も神戸のマンションに前日から泊まり込んでいた。孫は当日の朝からそわそわして緊張するという。お父さんに連れられて登園したが、我々も孫が幼稚園バスで帰宅する時刻15時まで何となく落ち着かなかった。ドアフォンが鳴ったので急いで玄関に出向くとそこには孫の明るい顔があった。翌日の朝も元気にお父さんと手をつないで幼稚園に出かけた。

娘家族が神戸に引っ越して一か月が経過した。今では三年前と同じように家内と二人の生活に戻った。時間があればドライブをしてお気に入りのお店で夜ご飯を食べて帰宅することも出来るようになった。夜も居間のソファに座って会話を楽しむようになった。

日曜日の朝、庭に出てみるとそこには瀟瀟たる雨が降っている。欅の木を見上げるとすでに紅葉が始まっている。その時、風が回って茶色になった葉っぱが2枚ひらひらと舞い降りた。今年も落ち葉拾いの時期になったかと孤りごちた。

自費出版書「風に吹かれて春夏秋冬」の最後の原稿が完成しました。

無花果(2023年10月某日)

2023年10月17日 細谷 正晴